2019年3月の記事一覧

第3学期終業式【校長室だより】

 3月22日(金)は第3学期終業式。1年の締めくくりとなる1日です。
 校長からは次のお話をしました。
 また4月8日に、全員が元気よく登校してくることを楽しみにしています。

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 おはようございます。
 いよいよ、平成30年度も終わります。この1年を振り返ってみて、何か感じるところはあったでしょうか。
 こういう質問をしたときに一番寂しいのは、「別に」とか「特に」と言ってそっぽを向いてしまわれることです。照れくさいのをただ隠しているだけ、という人もいるようですが、せっかくこうして毎日を生きているのです。誰もが持っているはずの「驚くという才能」をもっと活かしてみては、と思います。

 「驚くという才能」ということばを聞いて、何か思い出した人はいませんか?
 そう、1年の国語の教科書の、いちばんはじめに載っている文章の題名です。筆者は児童文学者の清水眞砂子さん。ノルウェーの作家、ヨースタイン・ゴルデルが『ソフィーの世界』という小説の中で使った、「いい哲学者(これは清水さんによれば「人間」と置き換えることができるそうですので言い換えます)いい人間になるためにたった一つ必要なのは、驚く才能だ」ということばから始まる文章です。思い出しましたか?

 文章の中で清水さんは、「幼い子供」のことを例に挙げて、「子供たちにとっては見るもの、聞くもの、触れるもの、すべてが珍しく、驚きの対象」で、「初めて見る世界はどこも不思議に満ち満ちている」のに、「それから十年あるいは十五年もたてば」、つまりみなさんくらいの年齢になってしまえば、「今さら不思議がるべきものがどこに」あるだろう、「もうどこまでも退屈な人生が続くだけだ」としか思えない日がある、と言っています。

 思い出したでしょうか。あわせて、入学したばかりのちょっと緊張した毎日のことも思い出してみてください。高校という新しい世界は、何もかも新鮮で驚くことばかりだったはずです。こうした気持ちを、清水さんは「驚きをもって世界と対峙した(向き合った)喜びの記憶」と言い表しています。そして、「そのとき手にした」なぜ、どうしてという「問いを手放さないこと」が「希望を手放さないこと」につながるのであり、「問いを手放し、ものを見続けることをやめた人に、世界はどうしてその神秘の扉を開いてくれるだろう」とも言っています。
 先日、市内のある中学校の教頭先生から、登校中気分の悪くなった中学生を、中央高校の生徒4人が助けてくれた、というお礼の電話をいただきました。校長としてたいへんうれしいことです。こういったことの積み重ねが、中央高校に対する信頼を高めていくのだと思います。
 さっそく、4人のみなさんに校長室まで来てもらい、その時のようすを聞きました。「学校に遅れるかもしれない」ということは考えなかったのか、私から尋ねたところ、「動けなくなっている中学生を見て、自分が学校に遅刻することよりも、まずこの子を助けてあげるほうが先という気持ちになった」という答えが返ってきました。

 ここから先は私の推測なのですが、その時4人のみなさんは、自分の中にいつもと違う自分を見つけ、ちょっとした驚きを感じたのではないかと思います。困っている人をどうにか助けたいという自分の気持ちを発見し、素直に驚くことができたはずです。だからこそ、自分の遅刻も顧みず、声をかけ、介抱し、迎えの人が来るまでつきそってあげることができたのだと思います。

 4月からまた1年が始まります。見た目にはこれまでと同じことを繰り返す毎日かもしれませんが、一人ひとりの感じ方、受け止め方は少しずつ違うはずです。「自分自身への探検」や「周りの世界への探検」を通じて、誰もが持っているはずの驚くという才能を目覚めさせてみてください。そうして、なぜ、どうして自分はこんなふうに感じるのだろう、という問いを持ち、持ったらそれを手放さないでください。それはきっと、みなさん一人ひとりが世の中に出ていくときの「希望」になるはずです。

 ではまた、新学期の4月8日に会いましょう。それまで、お元気で。