1学期終業式【校長室だより】

 本日は第1学期の終業式。
 生徒指導部からの講話で「あいさつは自分の元気を他人に分け与えること」という話がありました。
 とても、心に残ることばです。

 校長からは次の話をしました。

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 4月の始業式で、本校の「目指す学校像」についてお話をしました。
 「節度ある生活、考える授業、達成感の持てる部活動を通じて希望の進路をかなえる学校」。
 節度を持って、高校生としてふさわしい態度で過ごしましたか。
 自ら考える姿勢を持って授業を受けましたか。
 部活動や行事を通じ、何か達成感は持てましたか。
 完璧でなくてもかまいません。
 こういった毎日の積み重ねを、希望の進路に結び付けていきましょう。

 先日、高校時代の同窓会がありました。
 50歳を半分以上過ぎたおじさん、おばさん同士で何が始まるのかというと「ふるふる」です。
 そのあと、みんなで一緒に撮った写真をLINEでやりとりして、まあ、なんと便利な世の中になったものだなあ、と感心するばかりです。

 実は私、キャリアだけは長いスマホユーザーです。
 出始めの頃、とにかく小さいのに電話はできる、辞書はひける、録音はできる、写真は撮れる、メールは出せる、動画は見られるで、これを使わない手はないだろう、という気分でした。
 今ではもう、みなさんもご存知の通り、いつでも、どこでも、誰にでもつながる道具になっています。
 使ってみると本当に便利です。
 便利すぎて、怖いくらいです。

 さて、今、便利すぎて怖い、と言いましたが、みなさんはどう思いますか。
 おそらく、ここにいる人たちの中にもスマホを持っている人が相当数いるはずです。
 便利すぎて怖い、と感じたことはありますか?
 みなさんにとってスマホは「あって当たり前」のもので、もしかすると「怖い」どころか「便利」だとさえ感じないのかもしれません。
 火曜日のSNS講演会を思い出してください。
 この小さいスマホが持つ「いつでも、どこでも、誰にでもつながる」という機能は、使いようでプラスにもマイナスにもなります。
 安心と不安、と言い換えてもいいかもしれません。

 寺田寅彦という物理学者、この人は夏目漱石の弟子でもあり、俳句や随筆の書き手としても有名ですが、彼の書いた文章の中にこんなことばがあります。
 「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当に(道理にかなって・正しく)こわがることはなかなかむつかしいことだと思われた」

 これは、地震や津波といった災害についてよく引用されることばですが、私はほかにもいろいろなところであてはめることのできることばではないかと思います。
 スマホもそう。
 自転車もそう。
 今こうして使っていることばだって、使いようによって人を不安にさせることもあれば、安心させることもあります。

 明日から夏休みが始まります。
 みなさんにとって、学校で先生から指示されたり指導されたりする場面が減るぶん、自分で判断して行動しなければならない場面が増えると思います。
 それはみなさんの成長にとってたいへんよい機会だと思います。
 もしかすると、ちょっとした失敗はあるかもしれません。
 しかし、必要以上にこわがっていては何もできません。
 「なかなかむつかしいこと」には違いありませんが、ぜひ「正当に(道理にかなって・正しく)こわがること」をひとつのテーマとして、いろいろなことにチャレンジしてください。

 9月、またみなさんで元気に会いましょう。
 よい夏休みを。